東大寺の歴史

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東大寺の歴史

江戸期再興 -公慶上人の活躍-

ところが、永禄十年(1567)に三好・松永の乱がおこり、二月堂や法華堂、西大門や転害門、正倉院や鐘楼など僅かな建物を残して、大仏殿・廻廊・講堂・三面僧房・食堂・八幡宮・東塔・戒壇院・大湯屋・上院閼伽井屋・東南院・尊勝院・真言院など中心伽藍の殆どが灰燼に帰した。

その後、本尊盧舎那大仏は約120年間雨ざらしとなるが、17世紀後半、公慶上人がなんとか江戸幕府の許可を得て、全国勧進行脚を実践した。もちろん、勧進よびかけの趣旨は、天平創建、鎌倉復興に倣い、一枝の草ひとつかみの土の精神そのままに受け継がれ、元禄五年(1692)に「大仏開眼供養」が営まれた。大仏殿の完成は上人の没後であったが、18世紀後半には中門・東西廻廊・東西楽門・両脇侍などの巨像も造立され、現存の寺観が整えられた。

公慶上人像 画像
公慶上人像

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