東大寺の歴史

東大寺トップページ > 東大寺の歴史 明治期以降

東大寺の歴史

明治期以降

明治維新の廃仏毀釈

しかし、明治維新の廃仏毀釈は、京都・奈良に深刻な影響を与え、廃藩置県による寺領の消滅や境内地の上地は、大仏殿などの巨大な堂宇を持つ東大寺には、その維持管理においても、幾度かの危機が襲った。

特に大仏殿は木造建築として巨大なるが故に構造上無理があり、文化三年(1806)には下層の屋根が下がったため支柱で支え、明治十年(1877)頃から修理計画が検討されるも、日清・日露の戦争を挟んで延期せざるを得ず、本格的な修理が施されたのは、明治三十九年(1906)からで、「大仏殿落慶供養」が営まれたのは大正四年(1915)になってからであった。この明治大修理では、大屋根を支える虹粱(こうりょう)にイギリス製の鉄骨トラスを組み込まれ、今も問題無く大屋根を支え続けている。

▲ページトップに戻る