令和5年4月26日(水)~6月1日(木)
三論宗(さんろんしゅう)は「南都六宗」の一つとして、奈良時代以来、多くの僧侶が修学してきました。しかし、現在宗派として現存していないために広く一般に知られているとは言えません。『中論』『十二問論』『百論』という三つの論書に基づくことから名づけられた三論宗は、鎌倉時代には「諸宗は三論の末(すえ)、三論は諸宗の本(もと)」とも言われ、東大寺で学ばれる宗派としては、江戸時代に至るまで華厳宗と並ぶ大きな柱の一つとなっていました。
この三論宗を大成したのが中国・隋(ずい)の時代に活躍した嘉祥大師(かじょうだいし)吉蔵(きちぞう)(549-623)です。浙江省の嘉祥寺に住んで講義や著述活動を行ったので嘉祥大師と称された吉蔵は、名声の高さゆえに皇帝の煬帝(ようだい)に招かれて都の長安に上り、他の僧侶との論義などで活躍しました。またインド以来伝えられてきた三論の教えを組織立てたため、後世には三論宗の祖師として認識されています。
東大寺では鎌倉時代に教学の復興活動が盛んとなり、その中で嘉祥大師とその著作が改めて注目されるようになりました。また、毎年5月15日の忌日には三論宗の論議を行う嘉祥講が行われるようになります。本年は武徳6年(623)に嘉祥大師が没してから1400年の節目にあたります。この遠忌の年を記念して、東大寺における嘉祥大師の顕彰の歴史をご紹介いたします。東大寺において重要な宗であった三論宗と、その祖師である嘉祥大師について、多くの方に知っていただけましたら幸いです。
〈主な展示品〉
・嘉祥大師吉蔵像 室町時代(16世紀)
・三論祖師伝 鎌倉時代(13世紀)
・三論玄義 鎌倉時代・建長8年(1256)
・恵日古光鈔 鎌倉時代(13世紀)
・嘉祥大師講式 南北朝時代・嘉慶2年(1388)、江戸時代・慶長15年(1610)写